レポート〜その1〜
投稿日 2000年9月8日(金)11時29分 投稿者 HIMI&りょう
今、宇和島のネットカフェにいまーす
今日は、深浦港と、蘇我神社にいってきます
その後、玉水旅館で夕食、そして、そして!
‘あの’掛け軸を見せていただきます
忠さんにもお話を聞かせていただきます
第1日目
朝5時に起床して、東海道線で(もちろん鈍行)
名古屋に向かいました
市内を少しぶらぶらした後、オフ会の待ち合わせ場所へ
チョロ丸さん、みいさん、みいさんのお嬢様(^^)
と食事をしました(中華料理うまかったっす)
チョロ丸さんは、しきりに名古屋のオフはどうですか?
と気にされていましたが、すっごく楽しかったですよん
みいさんのお嬢さんは、すっごくかわいらしくて、元気で、
お話されるのを聞いていたら、
みいさんは、きっと春の風のようなお母さんなんだなぁ
って思いました
わかってましたけど、鈍行のつらさに
この日は11:30就寝ZZZzzz〜
レポート〜その2〜
投稿日 2000年9月11日(月)21時44分 投稿者 HIMI&りょう
第2日目、今回最も長い時間
移動した日です
名古屋を7:23に出発して、大垣〜米原〜姫路
〜岡山〜観音寺〜松山(19:46着)と
ここまでは順調に乗り継ぎ出来ましたが、しかしっ!
松山駅で、この旅初の特急に乗る予定でいたところ
この駅は、特急に乗降車する1番ホームの
前、中、後と3箇所にそれぞれ
3〜4両の車両が停車するため
二人とも別の車両に「のほほん」と乗車してしまい
本来乗るべき車両に乗れなかったのです
結局、宇和島駅に到着したのは22時45分頃になってしまいました
このため、宇和島駅から城辺への移動手段である
バスが無くなってしまったのです。。。
電車の中で「宇和島に着いたら、ヒッチハイクをやってみよう」
などと話していましたが、駅に着いてみると
停まっているのは、タクシーが数台あるのみで
駅周辺でも、余り車が走っておりませんでした
さすがにタクシーにヒッチハイクをお願いする訳にもいかず
宇和島から城辺までの50Kmの道を
タクシーで行く事になってしまいました
電車で15時間、タクシーで1時間の移動をし
心身共に疲れ果て、予定外の出費に懐も寒くなり
とぼとぼ玉水旅館に入った二人を
女将さんが笑顔で迎えて下さり
「本当に到着したんだ」と実感しました
風呂に入り、掲示板のチェックをしたところ
菊の部屋(HIMI使用)にて先生が
「地の星」
「私たちが好きだったこと」
「朝の歓び」
「彗星物語」
「ひとたびはポプラに臥す」の数回分
を書かれており
新潮臨時増刊のインタビューも受けられた
と言う事が判明し、驚きと感動で激しく興奮する「りょう」
荷物が多いからという理由で、広めの菊の部屋を
気前良く譲ってあげたことを後悔する「りょう」
その頃、疲れがどっと出た「HIMI」は熟睡していました
寝るのが勿体無い気がしましたが
翌日からの散策に備え就寝するZzzz。。。。
レポート〜その3〜
投稿日 2000年9月11日(月)21時45分 投稿者 HIMI&りょう
第3日目、一本松〜城辺にて
桐の部屋にやって来た「HIMI」に
さっそく菊の部屋について「りょう」が説明しました
皆さんの予想通り、非常に驚き、感激しました
この時二人は、菊の部屋に
「地の星」
「私たちが好きだったこと」
「朝の歓び」
「彗星物語」
「ひとたびはポプラに臥す」
の全巻がある姿を見たくなり、地の星は持参して来ましたが
残りの本は持ってこなかったので、足りない分は
現地で購入することに決めました
(残りの旅費を考えて、文庫でそろえる事にしたので
残念でしたが、ポプラ全6巻は今回は断念しました。。。)
一本松に出て、一本松劇場のあった場所(現在はアパートが建っています)
を見た後、一本松在住の方に聞いて
輝先生に関係のある場所を訪れることにしました
まず、輝先生のお爺様、お婆様、のお墓の前で
二人ともテルニストの1人として
ご挨拶や、感謝の気持ち等、色んな想いを込めて
お祈りさせて頂きました
これは勿論、世界中のテルニストの皆さんの分も
やっておきました
(僕も随分長くお祈りしていたけど、更にHIMIくんの方が
長かったのを知っている。きっと本当に色々な想いを込めたんだろうなぁ)
それから、日枝神社も行きました
現在は、境内で相撲ではなく
ソフトボールなどをやっているようです
それから、流転の海シリーズの「熊吾」さん
の一本松のご実家のあった跡地も見て参りました
かつて付き合い駄場だった場所の一つも
見ましたが、ここも現在は完全に池となっておりました
城辺では、城辺町役場によりました
公衆電話は、役場の中に電話ボックスがあり
その中にありました(行く見かける、緑の電話ですね)
僧都川にも立ち寄ったのですが
降水不足のため、川はほとんど干上がっていました
(水溜が所々にあるだけのような状態でした)
去年は綺麗な水が流れていたそうです
また、ダンスホールのあった跡地も見ておきました
それと、簡単にですが深浦港と蘇我神社も
見ておきました
「熊吾」さんという方は、時々一本松を訪れては
学校に寄付金をボン!を渡すなどしていたそうで
作品のように剛毅な方なんだなぁと思いました
先生の作品で
「私たちが好きだったこと」と「彗星物語」はそろったのですが
「朝の歓び」は上巻しか本屋で見当たりませんでした
この日は夜に玉水旅館の近くの
串カツ屋で飲む。
ガツガツ飲んで食べたため
二人で会計8000円超
お腹は満腹だが、やや痛い
この夜、菊の部屋の横のソファーから
見上げる夜空にみとれ、この日も
「りょう」は夜更かしする
その頃、「HIMI」はやっぱり熟睡している
菊の部屋で将棋を指し
低レベルな争いの結果、HIMI勝利する
レポート〜その4〜
投稿日 2000年9月11日(月)21時46分 投稿者 HIMI&りょう
第4日目城辺〜宇和島駅
この日はまず、インターネットカフェに入るため
宇和島駅まで移動しました
(50kmも距離があるので、バスでも片道1300円かかります)
さっそくレポートを書き始めたのですが
1日目の分で1時間かかったので
後は断念しました
ここで、後で忠さんに渡すために
@テルニストのトップページと
掲示板をプリントアウトしました
駅前の本屋で「朝の歓び」下巻を入手したので
何とか現地調達出来ました
バス停近くの喫茶店で、軽く一服した後
城辺へ戻る途中にある
観光闘牛場に立ち寄りました
闘牛は春と秋にしか開催しないため
残念ながら建物小屋しか見れませんでした
雨足が強くなったので、一度旅館まで戻ることにしました
結局雨足も弱まらず、後の時間は旅館で過ごすことにしました
菊の部屋のテーブルに
「地の星」、「私たちが好きだったこと」
「朝の歓び」、「彗星物語」
以上の作品を並べて、二人で充実感に浸っていました
この夕食時に、とうとう念願の掛け軸を
拝見することが出来ました
掛け軸を見た瞬間、二人とも硬直
「これはすごい。。。(^_^;;」
掛け軸の水彩画の書いてある部分の大部分に
びっしりと色々な言葉が書いてあるのです
(後は13羽の雀(忠さん曰く)の絵などなどが書かれていました)
ですが、先生のサインもきちんと書かれており
忠さんは「旅館の宝だなァし」と仰っていました
地元のテレビでもその掛け軸は取材されたそうで
その時のアナウンサーは、
「これは宮本輝という人が書いたからこそ
宝なのでしょうが、普通の人がかいたら
やはり落書きでしょうね」
のようなことを言っていたそうです
テルニストHPのをプリントアウトしたものを渡す際に
管理人のてつやさんのことと
紹介を希望されたかつらさんのことも伝えました
この時、道中購入にたダヴィンチも1冊差し上げました
先生と忠さんのご縁は
愛媛新聞の方からの紹介で
はじまったそうです
あ、それから息子さんを呼んで頂いて
ライターでビール瓶を開ける技
二人とも、しかと目にしました!
簡単にポンポン開けていらっしいました
食事も、残念ながらイノシシの時期では
無かったのですが
鮎の塩焼きや魚料理で
とっても美味しかったです!
結局この日も散々酒を飲んで眠りました
翌日は城辺を5時30分頃出発する必要があったため
わざわざ忠さんは二人を宇和島駅まで送って下さいました
レポート〜その5〜
投稿日 2000年9月11日(月)21時47分 投稿者 HIMI&りょう
旅を終えて
現地に行って実感した事は
忠さん、女将さん、そして
出会った多くの人々は
みんな信じられない位
親切な方々なんあだぁって
本当に実感しました。ありがとうございました
二人とも、来年も行くつもりです
残りの2日の大阪オフと東京オフは
多くの皆さんの書かれている通りです
東京から城辺まで鈍行で移動し
5泊6日(内、名古屋、大阪、東京とオフ会3回)
のとてもとても楽しい旅でした
何よりもまず、玉水旅館に連絡と紹介までして頂いた
輝先生、橋本さん、ありがとうございました
おかげで「菊」と「桐」という部屋割りにして頂けて
さらに色々なお話も忠さんから聞かせて頂けました
本当にありがとうございました
大阪の皆さん、色々と案内をして頂いたり
わざわざオフ会まで設けて頂いて
泣きたくなる程、嬉しかったです。ありがとうございました
東京の皆さん、こっちに戻って来て
皆さんの顔を見て、戻って来たんだなぁ
と、実感しました。また遊んでやって下さい
こんな機会に恵まれたのも、やはり@テルニストがあったからこそです
てつやさん、ありがとうございました
それと、今回の旅行で色々お声をお掛け頂いた皆さん
ありがとうございました
お礼と言っては何ですが、心を込めてレポートさせて頂きました
以上 HIMI&りょう共同制作
(おまけ)
現地の方にお話を聞いて、輝先生に関する場所(かなりマイナーな場所も含め)
を訪れる、なんて2人とも、随分要領良く旅をしたなぁ
なんて思いませんでした?
・・・そうじゃないんです
既に1年前、ある青年が、ここに訪れた際に
たった一人見知らぬ一本松の地で、地道に
聞き込みをして、現地に詳しい方を探し
道を切り開いていたから出来たのです
その道を、今度は二人で進んだだけなのです
去年のその努力がなければ、今回の充実した旅行は
決して有り得ませんでした(一切謙遜抜きです)
旅行に行く前に、君は何度か淡々と語ってくれたけど
それって、本当はとても困難な作業だったと思うよ
最後に特別にお礼を言わせて下さい
お疲れ様でした、ありがとう HIMIくん