テルニスト掲示板より抜粋しました
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みなさん、ありがとうございました。
 投稿日 2000年1月23日(日)11時11分 投稿者 宮本輝

講演を終えて、やっと「シルクロード」の旅を
終えた気持ちです。
やっと、長い長い「ひとつ」の旅が終わった・・・。
「ひとつ」のだけどね。
きのうは、どこで飲んで、なにをしゃべっって、どこを
どう帰ってきたのかおぼえてない。(^^)

富山まで来てくださったみなさん、ありがとう。
おうちから声援をおくってくださったみなさん、
ありがとう。

あちゃぁ、二日酔いだぁ。(あたりまえだよね)

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輝パパお疲れ様でした。
 投稿日 2000年1月23日(日)13時42分 投稿者 スーコ

素晴らしいお話を聞かせてくださってありがとうございました。
やっぱりイスラマバードまでは辿り着けませんでしたね。
6巻を楽しみにしています。
てつやさん、橋さん、ありがとうございました。
のぶこさん素敵な贈り物をどうもありがとう。
殆どが初対面の方ばかりでしたが、皆さんいい人達でよかった!
キムタク似のノルさんにも会えたし(^o^)(今度は温泉ですねー)
輝パパ、これで最後なんておっしゃらず、是非またお願いします!

ひーやんは今旅行中、いたち川にいるそうです!

スーコ@橋さんやっぱり素敵!富山のインターネットカフェより

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おつかれさまでした。
 投稿日 2000年1月23日(日)14時07分 投稿者 りょう

お久し振りです。りょう本人です。僕も富山入りしました。
てるぱぱ、てつやさん、みなさん、本当にお疲れ様でした。
昨日から、くにーと共に行動してます。
くにー。てるぱぱのお顔を間近で拝見でき、新聞にまで載るとは
おぬしも果報者よの〜。
ノルさんはキムタクに・・・はい。そっくりだと僕も思いました。
(ノルさんに蹴られそうです。どきどき・・・。)
今回富山に来れなかった人も、いつかお会いできるといいですね。
 りょう@僕も富山のインターネットカフェから書き込みです。

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北日本新聞社関係各位様
 投稿日 2000年1月23日(日)14時12分 投稿者 くにー

新聞に載せていただき、なおかつコメントまで記事にしていただき
誠にありがとうございます。m(__)m
もう・・・感涙です(ToT)
大事に保管させていただきます。
本当にありがとうございました。

くにー@今日の晩に帰ります。

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富山にて
 投稿日 2000年1月23日(日)14時14分 投稿者 ちゃこ&ゆば

輝先生のソフトなお声と、姿の若さにちょっと驚きました!
「蜃気楼、蜃気楼、橋本にタバコ一本貸し」
輝先生の旅ノートの一片です。
これからあの膨大な文が生まれたなんて感激ですよね。ちゃこでした。

ゆばです!スーコちゃんと一緒に「砂かぶり席」で見れちゃいました。
おひげのてるぱぱ、すてきでした〜♪ 夢のように幸せでした!
てるぱぱは掲示板と同じやさしい雰囲気で、ずっとニマニマしてました。
元気な夢ちゃん、五月山さんとコブちゃん他、たっくさんのテルニストの
みなさんにお会いできて、とってもうれしかったです!!
ぐるぐるちゃん、チルちゃん、ぴろさん他お留守番組のみなさんにも
いつかぜったいお会いしたいです!!
ギャラリーで生原稿見ました。最終回は涙・涙・・・でした。

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ただいまぁ
 投稿日 2000年1月23日(日)16時32分 投稿者 てつや

私、体力の限界を感じまして、今朝すぐに富山をあとにしました。
撮った写真は36枚撮り3本。現像されたら今回の旅を詳細にまとめようと思います。
富山、というか新幹線で一直線に日本海まで突き抜ける今回の旅で、私いろいろ考えました。
で、まずは「管理人」というスタンスを改めようと思います。もっと親しみある、おしゃれな
、カタカナの肩書きが似合うようになろうと思います。
だって、富山ですよ。このページで毎晩のように顔を合わせていたとしても、十分に遠い土地
富山でみんなが集結してしまったテルニストという仲間を管理するなんてことはなんと色気の
ないことだろうと。
なので、「マスター」とか「オーナー」とか、そんな感じのかっこいいやつがあったら「管理
人」の代わりに使わせていただきたいなと思っています。

のぶこさん、素敵なプレゼントありがとうございました。
HIMIさん、J−PHONEスカイメールありがとうございました。

ちなみにホール入り口階段を上がったところの右端から3番目にいたのが僕です。丁度、ステ
ージの輝先生と目線が同じ高さになる席でした。
先生の話し方って、穏やかでじっくり聞き入ってしまいました。身振り手振りも交え、表情豊
かで、カウンターパンチのギャグも織り交ぜながら。お髭も素敵でした。
先生、ありがとうございました。

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ただいま!
 投稿日 2000年1月23日(日)16時40分 投稿者 宮本輝

いま富山から自宅に戻りました。

リム、会場に応援の電報、ありがとう。
それから、いろんなプレゼントを届けて
くださったみなさん、ありがとう。
おひとりおひとりのお名前は、ここでは
あえて書きませんが、感謝。うぅっ。←泣いてるんやで。

くにーの顔、今朝の北日本新聞に、ばっちし写ってたなぁ。

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輝先生、お疲れ様でした。
 投稿日 2000年1月23日(日)17時37分 投稿者 たかはし

無事にお帰りになられたんですね。(^^)
本当にお疲れ様でした。

ぼくも、先ほど帰宅しました。
初めて、輝先生の講演会に参加しましたが、行けてよかった。(^^)
ちゃこさん、ゆばさんの紹介してくれた、取材ノートのいっせつ。
>「蜃気楼、蜃気楼、橋本にタバコ一本貸し」
この短い、文字と文字の間に沢山の事があったんだろうなーって
漠然とですが、先生の話された言葉を思い出しています。

また、会場でお声を掛けて下さった、皆さん。
余り話も出来ませんでしたが、ありがとうございました。

そして、講演会にに参加できなくて、御自宅で応援されていた
皆さん、うかれた書き込みをお許し下さい。
かずふみさんとお会いした時、「皆さんも来たかったんでしょうね」
の言葉に、ちょっと自分のうかれ方を反省しました。

あんっ、こんなぼくをぶってぶって。(^^;;

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先生!!講演ありがとうございましたああ!
 投稿日 2000年1月23日(日)18時07分 投稿者 さとる

うおおおお!整理券なしで拝見してしまったああ!アポなし突入!
ちょううれしい 昨日は生きとし生けるものすべてに感謝したい気持ちでした
富山に行けなかった皆さん(ぐるぐるさんetc)
敵は討ちましたゼイ(ちょっとちがうか)!

夜行能登号の中では、自筆原稿の展示だけでもかまわんって思ってたんですが
時間間近になるとやはり足は県民会館の方へ…
すると人声が…
地元のおっチャン「空いてたらはいれるっちゅう…」
地元のおばちゃん「じゃあさっきのおばちゃんもったいない、うち、おいかけようか?」
  おっちゃんB「はいれちょるのん?」
      ぼく「え!はいれるんですか?」
        「ちゅるちゅるちゅるちゅる…」
なんかおソバと会話してる錯覚がしましたが、おいちゃんにかんしゃして
受け付けの女の人と北日本新聞社の人に確認したら
スゴク丁寧な応対で「ええ、時間ぎりぎりにもう一度いらしてください」と、
おおお、富山さいこう〜!
ぼくはけれども不安で不安で、入場口の右手の隅で祈りながら待ってました。
すると…
やったああ!はいれちゃいましたよ
もう感激、北日本新聞、県民会館のみなさん、おいちゃん、おばちゃん、
ありがとう!
 輝先生、一時間半余りも立たせっぱなしでごめんなさい、
なのでぼくは三分間だけ空気イスやって、痛みを分かち合いましたから(笑)
チロルさん着物姿拝見しました。艶やかで目を奪われましたよ
先生はお声若かったですねえ!もうびっくり!
ちゃんとヒゲネタにも触れてくれて大爆笑!
まだまだ山ほど書きたいですが、とりあえずこのへんで

無謀なこわっぱの行動もたまにはあたるもんですね!
ぴろさん、心配してくれてありがとうございます!
この目でしかと見てまいりました!!!

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北日本新聞の記事です。
 投稿日 2000年1月23日(日)18時29分 投稿者 たかはし

北日本新聞のくにーの写っている記事を紹介させていただきます。

遥かな道 読者と再び

宮本輝氏講演会
深い洞察、人柄に感動
ユーモア交え裏話も紹介

二十二日に県民会館ホールで行われた「ひとたびはポプラに臥す」完結記念の宮本輝氏
講演会は、県内外から多くのファンが詰めかけた。宮本氏は約四十日間に及ぶ、遥かな
シルクロードの旅で感じた思いをユーモアを交えて語りかけ、聴衆は宮本氏の温かい
人柄にふれた。

開場二時間前の午前11時半に一番乗りが訪れ、開演一時間前には百人以上の長い列
ができた。初に並んだ、○○さんは「鳩摩羅什の足跡を追って不毛の大地を踏破した宮本
さんの、熱い心を学びたい」と話し会場に入った。
割れんばかりの拍手で登場した宮本氏は、酷暑の中、竜巻や蜃気楼以外に何もない大地
の光景、出会った人々の様子など立ち寄った先々で感じた思いを次々に披露した。
旅の途中、下痢に見舞われたことや、取材後に富山でメモ帳を盗まれたことなど、旅と
執筆の裏話も飛び出したほか「ひげは、旅の雰囲気を皆さんに伝えたいと伸ばしました。シ
ルクロードカットです。」と話し聴衆を沸かせた。
○○町の主婦、○○さんは「大自然に正面から向き合う宮本さんの姿が目に浮かんだ。そ
の姿勢が作家活動の原点になっていると感じた」と言う。
昨年春、二女を出産する際に陣痛室まで宮本氏の本を持ち込んだという氷見市、主婦、
○○さんは「人間に対する温かい視線を実感した。講演を思い出しながら連載を読み返し
たい」と話した。宮本氏選北日本文学賞を前日に受けたばかりの井野登志子さんは「何
時間でも聴いていたかった」と名残惜しそう。
東京都のくにーさんは「宮本さんのいくつもの作品を読み終えた時と同じように、幸せな
気分になった」
と満足そうだった。
「シルクロード写真展」が開かれている北日本新聞ギャラリーも大勢のファンが訪れ、
終日にぎわった。写真展は二十三日まで。

新聞を転載するのはいけないかどうかわからないんですが、転載しちゃいました。
てつやさん、もしいけないことでしたら、削除してください。

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富山に行けた!!
 投稿日 2000年1月23日(日)21時31分 投稿者 夢ちゃん

前日から何とも言えぬ不安に襲われ、
「やっぱり、あかん」と思いました。
当日も大阪駅で富山行きの電車サンダーバードが
ホームに入って来て、乗車口が開いた時、
すぐ乗れなかった。

そんな私が富山に着いた時、
それだけでもう嬉しくて、
「これが富山の空か。 これが富山の空気か。 これが富山の雪か」と
一人ではしゃいでいました。
神通川を見にいき、振り返った時に見えた立山連山の雄大さときたら・・・
感動したぁ。

会場でテルニストさん達に出会えて、
「来られてよかったね。」と言われるたびに
照れてしまった。
わがごとのように喜んで下さっている人達を見ながら
私はこの人達の心に引き寄せられて富山に来られたのだと思いました。

先生の話をあんなに間近で聞けるなんて思ってもみなかったので
座って聞いているだけなのになぜか緊張しました。
先生の笑顔を見て、
私もいつかこんな笑顔のできる人になりたいと思いました。

先生、ありがとうございます。
みなさん、ありがとうございます。
とよこさん、ありがとう。

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僕も富山に
 投稿日 2000年1月23日(日)21時44分 投稿者 きよべえ

いかせていただいたんですが、
十年前作品を読んで以来ずっと
尊敬をしていた輝さんにお会い
出来て感慨深かったです。
富山にいる間、ずっと自分のこ
の十年の来し方を考えていまし
た。

講演会中、瞬きもせずに先生を
観ていて目が痛くなってしまい
ました(^^;)

富山でお会いしたテルニストの
皆さん、どうもありがとうござ
いました!

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富山レポート(かずふみ編)
 投稿日 2000年1月23日(日)23時12分 投稿者 かずふみ

富山でお目にかかった皆しゃん、本当にありがとう。
それから、輝先生、ありがとうございました。そしてお疲れさまでした。

お留守番の皆しゃん。皆しゃんの分まで聞いてきました。ごめんね。(^^;
講演会要旨は、北日本新聞にお任せすることにして、
私なりに、講演会の中で感じ、心に残ったことをちょっぴり書かせてもらいます。

まず、拍手の中、先生がにこやかに入場され、前方に座るテルニストらしき
若者達に、笑顔を向けられた心遣いに感激をしました。言葉はなかったけど、
「みんな、はるばる来てくれて有り難うなぁ〜」と聞こえてくるようでした。
それから、本題に入るんですが、旅のスタートからイスラマバーとに至るまで
を時系列でお話しされたのですが、最後はイスラマバードまで行き着かず、
結局とても1時間半では語り尽くせない旅だったということ、そして話そう
と思えば天水のホテルのことを10時間は話せる程凄まじい旅だったという
ことが講演を聴いていて良くわかりました。

とても心に残ったのは、鳩摩羅什が武威で16年間囚われの身になっていた
時代が、大乗仏典をサンスクリット語から漢語訳するというとても大変な
仕事を成就するために大変意味を持つ時代であったこと。それは、
「臥薪嘗胆」という言葉があるけれども、とても苦しい状況に自分がなったと
しても、苦難の時代は将来頑張るための一つの修練の時期なのだと、また、そ
れを乗り越えることにより新たな未来が開けるのであるのだという発想の転換
が、これから21世紀を生き抜くために必要なとても重要な意味を持つ思想で
ある。という趣旨の話にとても感銘を受けました。

ちょっとまとまりのないレポートで、駄文になったかもしれないけど、
お留守番の皆しゃんに私が感じたことを書かせてもらいました。

みなしゃん、色々あるけど、頑張りましょう。(^^)

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富山レポート(とよこ編)
 投稿日 2000年1月23日(日)23時56分 投稿者 とよこ

今回の講演会の内容をレポートさせていただきます。てるぱぱの声は、とても優し
くて、すごく素敵でした。特に印象に残った部分を中心にまとめてみました。(かず
ふみさんが書かれていた羅什の16年間の話、私も感動しました)

富山のホテルで、車上荒らしにあって、旅の細かい記録を盗まれてしまった。その
ために、細かいことに関しては資料なしで、記憶をたぐり寄せながら書いたので、
却って良い作品が書けたような気がする。もし、資料が残っていたら、もっと普通
の紀行文になっていたかも知れない。

旅行中、ずっと下痢が続いたが、中国のトイレに入れる日本人はいないのではない
かと思った。中華の歴史五千年のトイレに対する神経のなさは、アジア的混沌で、
悪魔的光景、まるでホラーで、これだけで長編小説が書ける。(てるぱぱ、本当に
大変だったのですね)

北日本新聞社の上野社長と話をした時に「ゴビのお墓を見ましたか」と訊かれた。
権力者はお墓にこだわる。砂漠の民は、死んだら埋めて、墓碑銘もないし、どこに
埋葬したかもわからなくなる。その妙な潔さ、土から生まれたら土に還る。飄々と
して、粛然としている。人間の生死なんて、日常茶飯のこと。もちろん、生死以上
に大切なものはないのだけれども。オアシスの民は、繰り返している。

タクラマカン砂漠は、移動性の砂漠なので夜のうちに砂が移動し、朝になると誰の
足跡もついていない状態になる。朝、その無限の砂漠を歩いたときに、自分の足跡
だけしかつかないというのは、快楽だった。あと50メートルと思いながら、つい
つい果てしなく歩いて行きたくなってしまう。すごく嬉しい。まるで、新しい人生
を踏み出すような気がした。それは、みんな感じていたようだ。誰か「おい、やめ
よう」と言うまで、延々と行ってしまいそうだった。でも、まっすぐ歩いたつもり
だったのに振り返ってみると足跡がまっすぐじゃない。まるで人生のようで、思わ
ず人生を振り返った。

この講演の中で、てるぱぱが、「生きて帰れない」と思ったと話されたのを聞き、
本当にこの旅が、いかに過酷なものであったのかということを改めて認識しまし
た。てるばぱ、本当にお疲れ様でした。

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さきほど、三田(自宅)に着きました。
 投稿日 2000年1月24日(月)00時03分 投稿者 チロルのはは&ちち

チロルは、もうねちゃいました。きっと、今ごろいい夢見ていることでしょう。
のべ、42時間もチロルふぁみりーに素敵な時間をありがとうございました。
てつやさんはしくんをはじめ、みなさんお世話になりました。
緊張して、なんていってわからず、せっかく、お目にかかれたみなさんにも
ろくにご挨拶もできず失礼いたしました。
講演最高でしたよね。あの、空気を家族3人で共有できたしあわせは、言葉になりません。
3人で笑える、ギャグも・・・
チロルちち「(どじ踏んだチロルに)夜の砂漠に行って来い。」
とか、今朝は、富山県立美術館にいったんですが、タクシーの運転手さんに
元富山刑務所だったて教えられて、「刑務所行ったこっとある家族」なんて
きのうの講演をやたらパロディっておりました。
チロルは、ギャラリーで見た生原稿の原稿用紙に感動しておりました。
「すごいなぁ全部、輝ちゃんの名前はいってるぅ」
おめでたくってすいません。
でも、10歳の子までもを長時間釘付けにして笑いまで誘ってくださる
輝ちゃんはやっぱすごいですよね・・・みなさん。
6巻楽しみにしている反面、これでおわちゃうの悲しい。

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チロルへ。
 投稿日 2000年1月24日(月)00時41分 投稿者 宮本輝

講演が終わったとき、着物姿でお酒を持って
舞台まで歩いてきてくれて、ありがとうございました。
すぐに、チロルだってわかったよ。
べっぴんさんやなあ。着物がとてもよく似合ってた。(^^)
ほんとに、ありがとう。

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3日間の富山行きで・・・
 投稿日 2000年1月24日(月)01時47分 投稿者 宮本輝

ぜんぜん原稿を書けなかった。
あかん、えらいこっちゃ。
締め切りや、締め切りやあああぁ。

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のぶこさんへ。
 投稿日 2000年1月24日(月)03時58分 投稿者 宮本輝

日本に帰る機会があれば、ぜひ富山の北日本新聞社に
行って、「ポプラ・・・」の直筆生原稿を見て下さい。

ぼくは、最後の原稿を書き終えたとき、この膨大な
1400枚なんてものを、なぜか北日本新聞社に
寄贈しようと思ったのですが、そのぼくの思いを
「北日本・・・」に伝えてから、ひどく後悔しました。
貰ったほうは、この粗大ゴミの始末に困るのではない
のか・・・。
「ありがた迷惑」を押しつけたのではないのか、と
反省したからです。
でも、講演会のとき、最初に挨拶された上野隆三社長が
「我が社の宝として永久保存させていただく」と仰って
下さり、その言葉どおり、立派な大きなガラス・ケースに
納めて展示して下さっているのを見て・・・。
おらぁ、とっても嬉しかっただあぁ。(^^)

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のぶこさん
 投稿日 2000年1月24日(月)07時13分 投稿者 たかはし

機会があったら、是非見に行かれる事をお勧めします。
輝先生が講演の中でおっしゃっていたんですが、最終回を書かれた時が
ちょうど祝日で、橋本さんがいらっしゃらない時だったそうです。
ずーと、一緒に6700キロの旅をされてきて、橋本さんがいない時に終わって
いいのだろうかって思った。裏切り行為のような気がした。って・・・。

そして、最後に大割さん、田中さん、橋本さんを順番に紹介して下さって
講演会は終了しました。

その最終回の原稿が全部読めるように展示されていて、あーこの原稿が
輝先生のおっしゃっていた、原稿なんだ・・。って一生懸命読んでいたら
北日本新聞社の方が、そばに来られて、「本を読む楽しみが減っちゃいますよ」
って笑いながら言われてしまいました。(笑)

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富山もこれでTOYAMAになる?
 投稿日 2000年1月24日(月)18時09分 投稿者 ワリ

って感じの盛り上がり方で、住んでいる者としては本当にうれしいです。
本当に天気が味方して、冬の最も美しい富山を見ていただけたと思います。
先生、お体だいじょうぶですか? 本当にありがとうございました。
くにーさん、写真の右下端の人ですか?
チロルさん、先生の話によると、もしかして、私のちょっと前に座っていませんでした?
たかはしさん、転載のこと、黙っています(^^)
花さん、まゆぴーさん、かつらさん、富山から越前旅行なんて素晴らしいですね。
そんな人生の楽しみ方からしばらく遠ざかっていたので、うらやましいです!

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富山レポート(くにー編)
 投稿日 2000年1月24日(月)18時50分 投稿者 くにー

 え〜ぞくぞくとレポートが書いてあったので、拙者は富山の3日間を
 レポートします。
 金曜の昼に池袋を出発、移動中新潟から降る雪を見て、20年前の実家の
 風景、自然にみちあふれて雪が積もった真っ白な一面の雪化粧を頭に描き、
 新潟を通過して行きました。
 富山に到着後、明日の場所や北日本新聞社を確認し、お腹がすいていたので
 近くのラーメン屋さんで晩御飯を食べて、色々見て回りました。
 当日はHIMIさんとホテルのロビーで待ち合わせをし、会場へ・・・。
 朝はやく行った為、会場の準備が出来てなく、二人で話をしていました。
 会場後、はじめて御会いする方達ばかりなので、緊張してしまい。
 「すいませ〜ん。くにーですけど〜」
 「おおぉ。くにーさんですかぁぁぁ」
 「え〜とぉ。誰ですか?」
 「○○です。」
 「あぁぁ!どもどもどもども・・・」
 お辞儀をしなが後退りする拙者。
 先生が講演会の時、死の砂漠の話をしているくだりで昨日の事を思い出して
 しまいました。子供の頃足跡のない道に自分の跡が残っていく、この感覚が
 たまらなく好きだったのです。拙者もずっと歩き続けるのかなぁ・・・。
 講演後はりょうと合流し3人でいろんな所に行きました。
 3日目はりょうと北日本新聞に行って、まだ発売されてない6巻部分の新聞
 の切り抜きを読み、「ほほぉ。こうやって完結するのかぁ」と一人で
 納得し、夜までの時間を堪能し夜行バスで帰って来ました。
 いやぁ〜。こんなかたちで拙者の3日間が終わりました。
 新聞に載るとは想像もしていなかったのですが・・・(^^)
 
 くにー@こんなんでいいかなぁ〜。 
  
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富山の旅を終えて
 投稿日 2000年1月24日(月)21時01分 投稿者 ひーやん

輝先生、すばらしい講演、本当にありがとうございました。
富山に行かれた皆さん、お疲れさまでした。
そして、御自宅から応援してくださった皆さん、ありがとうございました。
のぶこさん、すてきな栞、ありがとうございました。
夢ちゃん、本当によかったね、お会いできず残念でした。
でもまたどこかで会えるよね。

前日の夜、風邪から実は38.3度の熱を出しており、参加が危ぶまれたのですが
一念が通じて無事熱も下がり、参加することができました。
講演会、最高でした。
先生が、いつか『ポプラ…』は紀行文ではないと書き込まれたことがありましたが
本当にそうですね。ただの紀行文ではない。
秘書の橋本さんがつけていた詳細な行動メモが、車上荒らしによって盗まれ、
輝先生が留めていた言葉だけを連ねた印象メモ、
「蜃気楼、蜃気楼、蜃気楼、竜巻、竜巻、橋本にタバコ一本貸し」
だけから、書き起こした1400枚にも及ぶ原稿は、輝先生の命の深奥から
紡ぎ出された物語であるとの思いを新たにしました。

翌日、田中勇人さんの写真展を拝見、どの写真も印象的です。
そして写しだされた人物の目の輝きに心を奪われました。
北日本新聞に連載された『ポプラ』の全てを収めたスクラップブックも拝見。
203回にわたる連載に写真が毎回2枚、単行本にはその一部しか、掲載されて
おらず、北日本新聞の連載を読んでいらっしゃった富山の皆さんがうらやましく
思いました。田中勇人写真集という形でまとめられたらうれしいのにな。
輝先生の1400枚の原稿の筆使いには、命の躍動を感じました。最終回は思わず
読みふけってしまいました。

私は講演の翌日、すっかり「螢川」モードで、八人町からいたち川を散策、野鳥が
多いことに感銘しながら、以前ワリさんが紹介してくださった、雪見橋側の今井に
立ち寄り鱒の寿司を購入しました(今日いただいたのですが、本当においしい!!)
富山を後にした私は金沢で一旦途中下車後、大聖寺あたりで雪のため列車が遅れる
こともなく福井に到着、そこで一泊し、バスで越前岬へ向かいました。
重竜と千代に思いをはせながら、降ったりやんだりの越前海岸を10キロにわたり
散策したのですが、ちょうど水仙のシーズンだったので、あちらこちらで、水仙が
白い可憐な花を咲かせていました。
そして、引いては寄せる波音は確かに三味線の音を、それも文楽で使う太棹の三味
線の音を、感じました。

今、途中で買い求めた越前ガにと鱒の寿司と清酒立山で食事を済ませて、今回の
旅の思いに浸っております(^^)

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こんばんはですです
 投稿日 2000年1月24日(月)21時29分 投稿者 まゆぴー

さきほど家に帰ってきました。そして過去ログを読んで、
今、心の中があったかい気持ちになっています。

えーっと、、輝せんせい、本当にお疲れ様でした。素敵な貴重な
お話を、またもや一番前で聞かせていただきました。
ありがとうございました。

そしてのぶこさん、かわいいしおり、ありがとうございます。
メッセージもすごく素敵です。しばらく額に入れてかざる
ことにしました。本当に本当にありがとう。

講演会で御会いできた皆様。。。丁寧なご挨拶をいただき、
嬉しかったです。そして、五月山さん、朝っぱらからロビーに
呼び出してごめんなさい。でもお会いできて良かった♪

お留守番の皆様、富山はなんと暖かかったです(笑)
みんなの分まで先生のお顔を眺めてまいりました。うふ。
おひげがとても素敵でした。

私は、せっかく日本海へ来れたということとで、かねてから
行きたかった『幻の光』の舞台方面へ花ちゃん、かつらちゃんと
行ってまいりました。
印象は、、、とにかく、遠い(笑)金沢から七尾線でえんえんと
能登半島をのぼってゆき、畑のまん中や、山と山の間や、
時々見える海や、古い古い重厚感のある大きな家を電車の
窓からじぃっと眺めることしか、することはありませんでした。
そして、車窓を眺めながら、『幻の光』の由美子は、どんな
気持ちでこの電車にゆられていたんだろう、とずっと考えて
いました。
もちろん、私以外の素敵な女性2人も、同じことを考えて
いたみたいです。

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や、や、や
 投稿日 2000年1月25日(火)00時11分 投稿者 花

やっと、過去の書き込みを読み、ここまでやって参りました・・・ああ、まるで
富山から輪島までの道のりのように遠かった・・・(笑)

輝ぱぱ、お体の調子はいかがですか?お大事にです(^^)

えっとえっと、まずはずっと前のレスからです。
あたしのパジャマ姿を見たいと言ってくださった、ぴろちゃん、きいさん、NAOち
ゃん、どんちゃん、あさこちゃん、いやん、いつでも言って言って・・・え?見たい
とは言ってないの?ないの?ありゃま(笑)
あさこちゃん、輪島情報ありがとです♪

講演会の輝ぱぱはとってもすてきでした!とてもわかりやすい詳細レポートを書いて
下さったみなさまがたくさんいらっしゃったので、あたしはその後の旅の報告をさせ
ていただきます。

せっかくここまで来たのだからと、講演会の次の日からまゆぴーとかつらちゃんと「
いざ、曾々木へっ!」と、電車に乗り込みました。。。が・・・遠いっ!富山を出た
のが13時過ぎ、輪島に着いたのが17時過ぎ・・・うはー。
次の日の飛行機の時間のこともあり曾々木までは行けませんでしたが、海岸沿のホテ
ルから見える日本海の海岸線を見つめながら「幻の光」を探しました。
まゆぴーの書き込みにもありましたが、ゆっくり走る七尾線に乗りしばらくすると3
人ともすっかり無口になり、じっと雪が積もり靄がたちこめる景色を見つめていまし
た。。。もしこのままこの先に、これからの人生を歩む場所が待っていたら・・・そ
んなことを私は考えていました。

着いたホテルのお風呂はとっても大きくて、日本海を望む露天風呂があり最高でした。
すっかり肩凝りも治りとってもすてきな旅行になりましたです、ワリさん♪
ああ、でもすでに肩凝り再発・・・。
長くなりました・・・旅のおもろばなしはまた後日・・・うふ。

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ふぅ〜
 投稿日 2000年1月25日(火)01時10分 投稿者 かつら

過去ログ読みきれない…。

富山の講演会&その後の旅については、みなさんが書いてくださったレポート
&まゆぴー、花ちゃんの書き込みの通りです。これってずるいかなぁ。(笑)

ワリさん、富山はほんとーにいいところでした。(^^)
ワリさんがお仕事されてる黒部も行ってみたいなぁー。
おすすめの鱒寿司のお店、行ったらすでに売りきれでした。残念。
今度こそ、食べてみた〜い!!
これからもどんどん、テルニストに遊びにきてくださいね。

ハヤトさん、見てますかぁ〜。
ギャラリーの受付に座ってらしたハヤトさんにあれこれ質問した4人組の
ひとりです。
「なんでも聞いてください。」とおっしゃって優しく教えてくださった
ハヤトさん、ありがとうございました。
やっぱり、写真集ほしいです。(^^)

そして富山でおあいしたテルニストみなさん、おうちでテルニストを
見守ってくださっていた皆さん、ありがとうございました。
テルニストでよかったと実感できた旅でした。

そして、そして、てるぱぱ、ほんとうにお疲れさまでした。
何があっても、それを幸福へのエネルギー、生へのエネルギーへと転換できる
ってことを身をもって示し、ダイナミックに生きた羅什の生涯から学ぶべきこと
は多いです。
羅什の生涯を通して、たくさんの大切なことを教えてくださったてるぱぱに
感謝、感謝です。
 
昨日は、数ヶ月ぶりに日にちがかわる前にねちゃいました。
帰ってきたとたんに、もうこんな時間ですけど…。
過去ログ、保存してあとでゆっくり読みたいと思います。(^^)

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金沢から輪島までは、ほんとに遠いよ。
 投稿日 2000年1月25日(火)01時24分 投稿者 宮本輝

地図で見ると、たいした距離はないのに・・・。
七尾線の列車の速度が遅いんだよね。
というより、俺たちが、あまりにも速い乗り物に
慣れすぎたんだな。
まあ、ここだけの話ですが、30歳のとき、
「幻の光」の取材で能登には一回しか行ったことが
ないのじゃ。それも曽々木で一泊だけして帰った。(^^)
映画の撮影現場に行ったのが2回目でして・・・。
ごめん。はい、いいかげんな取材で小説を書いて
るんでおます。

いいかげんといえば、「螢川」で芥川賞をもらった
とき、北日本放送が「螢川特集」を企画しまして、
ぼくの級友たちと料理屋で再開という場面をビデオに
おさめたのです。
ディレクターも、同行した家内も、11歳のぼくが
どんなに孤独で寂しい富山時代をすごしたのかに
ついて興味を持っていたのでおます。
ところが、集まってくれた級友たちが、いっせいに
「宮本が大阪に帰ったあと、宮本のお陰でむっちゃ
くっちゃになってしまったクラスをどう立て直すか
についてホーム・ルームをひらいた」なんて言いだし
て、せっかく撮ったビデオはお蔵入り。
「給食のいちばんうまそうなところを先に食って
しまうわ、廊下で待ち伏せして、女の子に足を
かけて転がすわ、みんなで花壇に植えた花を
引っこ抜くわ・・・。まあ、こんなに悪いやつは
おらんかったがや」とみんなに言われ・・・。
ディレクターとカメラマンが「話がちがうっちゃ。
このビデオ、つかえんな」と聞こえよがしに、
いやみを言い、家内は恥ずかしがって、顔を伏せ・・・。

はい、わたしは嘘つきです。

あかん、熱でてきた。

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ううん…、私も、
 投稿日 2000年1月25日(火)01時54分 投稿者 晴れ

富山レポートの一つや二つ…、と思いながら、
結局何も書けないまま…。(^_^;)

でも、とにかく、てるぱぱのお話しを聞きながら
笑っていられるなんて、ほんと、至福の一時でした。
ありがとうございました☆

それに、テルニストの皆さんにもお目にかかれ、
嬉しかったです。でも、ご挨拶できなった方も
たくさんいらっしゃったのが心残りでもあり…。
またお目にかかれる機会があったら嬉しいな。
今回来れなかった皆さんもね♪

ハヤトさんの写真も本物が見れて良かった☆
欲を言えばもっともっと見たかったけど…。(^_^)
でも、本物の迫力ありました!

本物の迫力…、といえば、輝ぱぱの生原稿も。
ゴビ、ゴビ、ゴビ。蜃気楼、蜃気楼、蜃気楼。
竜巻き、お墓、橋本に…。と書くしかない
ような「なんにもなかった」という旅の中から
紡ぎ出された膨大な文章。
「それでも1400枚書いてしまうんですから
天才なんですね」という言葉に思わず笑っては
いましたが、ホント圧倒されてしまいます。

うーん。
あ、てるせんせいたら、お熱ですか?
それは大変!
どうぞゆっくりお休みください。

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こうえん会の感想
 投稿日 2000年1月25日(火)19時16分 投稿者 チロル

ゆばさんメールありがとうございました。
私は、土日にかつらさんにあっていました。(きづいていましたか?)
こうえん会でテルニストのみなさんに会えてとても良かったです。
また会えたらいいなーと思います。
てづかさんやのぶこさん着物ほめてくださってありがとうございます。
とてもうれしかったです。
ワリさん私は、ワリさんの前にすわっていました。
てるぱぱがしょうかいしたとき、後ろにワリさんがいるのびっくりしました。
てるぱぱカゼ早く治してください。(学校で3人も休んでいます)
チロルってわかってくれたんですね(うれしーい。)^:^

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新潟発 富山行き
 投稿日 2000年1月25日(火)22時53分 投稿者 五月山 [nig14ds47.nig.mesh.ad.jp] 削除

なかなかかきこみができなくて申し訳ありませんでした

私が富山の講演を拝聴したいと思ったのは先生が掲示板に書きこみを
してくださったときでした
でも、みなさんがてつやさんに行きたい!とここでおっしゃるのを
見ながら私にはその勇気がありませんでした

当時の私は2年半ほど、下痢とお付き合いをしていました
外出しようと思うたびに行くべきところへ行かねばならず、靴をはいても
また、直行。ドアをしめてもまた、直行と言う日々でした
身体が風にあたるだけで酔ってしまうこともあり、
ずいぶん良くなってきたとはいえ、『五千回の生死』の
「バケツの底」に出てくる樋口さんと同じ症状をもっておりました
人ごみや乗り物に乗ると心臓がバクバクして、今にもどうにかなってしまう
のではないだろうかという不安がよぎるのです

娘との外出も限られたところへしか行けず、
「お父さんとお母さんと3人で遠いところへ行ってみたい!」と言う娘の顔
を見るたびに切なくて悲しくて情けなくて・・・

そんな私がどうしても富山に行きたいと思ったのは、そのときの私と決別したい
と思ったことは勿論なのですが、素敵なテルニストさん達に会ってみたいと
思ったこと
そして、先生の「一人の人を大切にされる心」に触れたからでした

あるとき、私はあるテルニストさん達に「富山にいきたいな!」
と話しました
すると、そこにいたみんなはあたたかく励ましてくださいました
今まで、こんな症状を自分の親にも友人にもいえなくて、
家族にも十分には理解してもらえなかった私は嬉しくて嬉しくて
なんとしても行きたいと思い、
「富山に行くまでに自分は何ができるのだろう」と考えながら歩き始めました
くじけそうになると、いつもみんなが受け止めてくださり、毎日が決意の
連続でした

しかし、当日の夜中、娘が熱をだし、一瞬、頭が真っ白になりました
「これで、もし行けなかったら私はいったい今まで何をしてきたのだろう」
という思いが頭をよぎり先生をはじめ、お顔を拝見した事もないみんなの顔
が思い浮かんだとき、私は自分が試されている事をしりました
直後に、この掲示板に「必ず行きます」と書いたとき、
本当の決意ができたのかもしれません
すると、講演会に間に合うギリギリの電車に乗れそうな時間になったとき、
娘の熱が下がり、1週間前から続いていた咳がピタッととまりました

そのとき、私はなんとしても実現したいことは最後の一念で勝負がつくことを
確信しました

先生が講演でシルクロードの旅を語られるとき、私はこれまでのことが
思い出されて・・・
あれだけ、辛いと思っていたことが感謝に変わるといえば不思議に思われるかも
しれませんが、体験しなければ感じられなかったこと、得られなかった事
を思うとき、私はこれでよかったのかもしれないという思いがふつふつと
わいてくるのでした

講演終了後、とよこさんと夢ちゃんにお会いしたとき、本当に感激しました
そして、みんなのお顔を拝見したとき、嬉しくてちょっと舞い上がって
しまいました(^^)地に足が着いてませんでしたよね!

帰りの車中、「お母さん、電車にいっぱい乗れて楽しいね!」
と娘がいったとき、私の心は一瞬にして澄み渡ったことはいうまでもありません
そして雪化粧した山や田畑を目にしたとき
「さぁ、これからこの広いキャンバスに自分の思うように描くんだよ!」
という声が聞こえた気がして、しばらく言葉が出ませんでした

最後になりましたが、富山へ行く事を決めてから輝先生をはじめ、
みなさんには激励を頂き、また楽しいかきこみに勇気と安心を頂き
本当に感謝の思いでいっぱいです
そして、家族に感謝するとともにこの思いを忘れず、
自分の人生をおもしろおかしく歩んでいきたいと思っています
どうも、ありがとうございました
そして、これからもよろしくお願いいたします

五月山@長くなってごめんなさいね