阪急創立100周年記念講演会レポート
2007/9/12 (水) 21:13:38 - 通りすがりの一般人 - No.1189599218
"阪急創立100周年記念「わたしと阪急」思い出エッセーコンテスト"の記念式典で、審査
委員である河内厚郎氏、田辺聖子氏、宮本輝氏による記念講演会が行われます。
日時:10月19日(金)
13:00〜受付開始
13:30〜15:00 基調講演「京阪神と阪急文化」
トークセッション「わたしの思い出〜京阪神に生まれ育って〜」
場所:宝塚ホテル(阪急宝塚南口駅下車すぐ)
費用:無料
定員:400名(応募多数の場合は抽選)
2007/10/23 (火) 11:55:50 - 花 -
そして、先週の金曜日、あたしも参加させていただきました。みなさんも書かれていますが、とってもすてきなスーツに身を包まれたてるぱぱ(*^0^*)お隣には華やかなお召し物の田辺先生♪
お二人のかけあい?がとっても楽しくて微笑ましくて。。。
阪急沿線に育たなかったことをこんなに悔やんだ日はありませんでした(^。 ^)
みなさん、お話の間うなずかれていて、これがJR総武線だったらなぁ(^^;)
なんて思ったりしてました、フフフ。
宝塚のお話をされる田辺先生は、あたしなんかが言うのも・・・なのですが、まるで少女のようで、お姿を拝見させていただくだけでほわ~っと微笑んでしまう、これから先の自分の人生の目標にさせていただきたいと思うような素敵な女性でした。
歌劇団のお話をたくさんされながら、お話が尽きずにてるぱぱに「ごめんね」と言われ、その言葉に応えられるときのてるぱぱの笑顔がまたあったかくてステキで・・・しあわせな気持ちになりました。
トーク終了後、たくさんのテルニストの方々とご挨拶させていただきました。
「こんにちわー!」「はじめまして!」「ひさしぶり~」って、みんなで笑顔で話せて「またね~」がきっとあるって思えることをとても嬉しく思いました。
2007/10/23 (火) 14:08:46 - 雑草 -
19日の宝塚ホテルに於いて記念講演会に参加させていただきました。基調講演は「河内厚郎」先生でした。阪急沿線にゆかりのある作家の方々のお話を伺うことが出来て大変勉強になりました。
その後、コーディネーターをされて「田辺聖子」先生と「宮本輝」先生のトークセッションが行われました。
関西在住のお二方のお話は軽快なテンポで始終、笑いが絶えませんでした。田辺聖子先生はロマンチックな歌劇ファンで熱い気持ちが伝わってきました。宮本先生のお話でご病気の体験、震災時の怒りなど貴重なお話でした。また青春時代は手当たり次第、乱読したということでたとえば「女体」という文字を見つけると想像力を働かせてしまう・・
読書というもので想像することが今の時代はないのではないか?というお話もありました。
活字離れといわれている時代ですが宝塚ホテルにお集まりくださったかたは若い方も大勢居られてまだまだ捨てたものじゃないと感じました。
お二人は手書き原稿ですね?という問いかけで田辺先生は5Bの鉛筆をご自分で削られて短く短くなるまでお使いになりそれを集めてフフッと微笑まれるそうです。戦中に育ったからもったいないの・・と言われていました。宮本先生は万年筆ですと言われ、これは収入の差?(笑)
そういうジョークも出て楽しい時間はあっという間に過ぎました。
2007/10/23 (火) 17:22:08 - 大阪BIN -
輝先生、お疲れ様でした。そしてありがとうございましたm(__)m
本当に楽しいひと時で、笑いがいっぱい(^^♪
輝先生と田辺聖子さんのお話は、まるで親子漫才のよう。お二人はご近所なんですねと訊かれると「うちの裏に住んではる」輝先生が田辺さんの古典に対する造詣の深さを語ると田辺さんは「もっとゆうて~(言って)」
田辺さんは女性には珍しく箴言(アフォリズム)を考えるのが好きだと言えば「わたしが言うとアホリズムになるわ」等々
田辺さんのお話を多く聴いてきましたが、この日が一番生き生きとされていて、とてもお可愛らしかったです。輝先生が終始笑顔で田辺さんを見守っていらしたご様子に胸が熱くなりました。
輝先生がご病気を乗越えられたお話しが心に残りました。パニック障害になったとき、電車の踏切をみると20メートル下がって電柱にしがみついていた。飛び込むかもしれないと思った。退路を絶たれたから小説家になった。(中略)元気になったら人の3倍5倍仕事をしようと思った。
パニック障害には今でも時々なる。当時は原因不明で名前もなかった。トラウマも簡単に使われるが、トラかい、ウマかい。絶望の淵までいったが決して無駄にはなっていない。
歴史小説を将来お書きになるかとの質問に、直接会ったことがない人はちょっと書きにくいとお答えになりながら、水上勉さんとのエピソードを語ってくださいました。水上さんは田辺さんを引き合いに、田辺さんはフィクションじゃなく、ノンフィクションが向いている。輝ちゃんなあ、田辺さんがそっちへ行く気持ちは分かるで。実在の人や出来事を掘り下げる方がはるかに面白い。輝ちゃんもきっとそうなるよ。
今回もたくさんのテルニストの皆さんにお会いできました。初めての雑草さん、感激しました。あっこさん、宇和島でまた宜しくです。ご挨拶できなかった皆さんも次回は是非m(__)m
一朗様の温かいご配慮で、散髪屋のマスターも参加させていただきました。ありがとうございました。一番前の席で輝先生のお話を拝聴でき大変感激しておりました。
2007/10/23 (火) 21:08:53 - よもすがら -
小雨の降る宝塚に行ってまいりました。お元気でカッコイイ輝先生、おちゃめでかわいくそして知性豊かな
聖子先生の温かくて楽しいお話にとっぷりと浸かってまいりましたレポートはみなさまがしていただいたとおりです。
テルニストの皆様にお目にかかり、お声をかけていただいてうれしかったです。お名前は伺わなかったのですが、読むだけテルニストの方からもお声を掛けていただきうれしかっです。
2007/10/25 (木) 00:21:53 - あっこ -
輝先生、宝塚のトークセッションをありがとうございました。
念願の生の輝先生を拝見できて幸せでした。
聖子先生も博識なのにかわいらしい雰囲気をお持ちで話し出されると熱がこもり全く年齢を感じさせないでも席を立たれるときはゆっくりと、そして輝先生が素敵にエスコートされていました。o(^-^)o
輝先生はパニック障害の体験をさらりとお話しされましたが直に聞くと私たち凡人には計り知れないことなんだと人を理解することの難しさをあらためて感じました。
宝塚でお会いしたみなさまありがとうございました。
今回は五月山さんのお心遣いで行くことができましたし千津さんが前の方の席を取っておいてくださったので間近で先生のお顔を拝見できました。うっとりとそして目があったらどうしようかなんて1人恥ずかしがっていました。(*^_^*)
2007/10/25 (木) 01:46:14 - オッタ -
先日、先生の講演に私も行かせていただきました。午前いっぱいかけて宝塚へ、憧れの田辺先生、宮本先生の講演会を聴きに・・。私にとって、贅沢な旅でした。ありがとうございました。
最初の基調講演から、お二人の先生のお話の最後まで、楽しく、途中から頭が飽和して、メモを取りながらの貴重な時間を過ごすことができました。基調講演では、阪急沿線に縁した作家の名前が沢山挙がり、帰りの電車で谷崎潤一郎の「猫と庄造と二人のおんな」を読了しました。
田辺先生は、宝塚歌劇の夢の世界から、源氏物語をひいて、"Boy meets girl"という、人間の出会いの不思議な様を、私達にも分かるよう、たくさんお話してくださいました。
田辺聖子先生の訳された「源氏物語」にはまり、また「夜明けのさよなら」に出会って小説を読んで初めて、心臓が止まるほどの衝撃を受けた高校時代を思い出しました。アフォリズムの話題の時には、最近読んだ「人生は、だましだまし」をまた手に取りたくなりました。
宮本先生の闘病時代のお話になったときは、胸が詰まり、涙が止まりませんでした。このときの経験が、人生の宝になっているとの確信ある言葉に、勇気付けられました。本当にありがとうございます。
また、私がいかに読書から遠ざかっている世代かを反省し、あと○十年の残りで、いったい何冊出会えるだろう、一冊でも多く良書を読もうと思いました。
2007/10/25 (木) 23:15:08 - 由香里 -
19日は私も宝塚で、とっても楽しい一日を過ごさせて頂きました
「うちの裏に住んではります」のやり取りを生で聞けたのは感激でした♪
輝先生が、中高生時代に読んだ本を見て自分は何とまともな物を選んでいたことかと感心した事
お金がないので、ある物を読むしかなく、乱読にならざるを得なかったがそれが今は宝物になっているというお話、聖子さんが幼い時、実家の写真館には、徒弟さん達のためにたくさんの本がありその中の、特に時代物をたくさん読んでいていつか、事実も空想も取り混ぜた歴史小説を書きたいと思っていたというお話
子供の頃の読書の影響が、いかに大きいかを感じさせられました
学問的なところから古典に入ると論理的に分析しようとして、物語からはずれてしまう恋愛物、恋愛一筋の時代だった王朝物から入った方がわかりやすいというお話もとてもおもしろかったです
聖子さんの『恋する罪びと』を高校時代に読んでいたらもっと古典を身近に感じただろうなぁと思いました
タイガースファンを連れて、阪急ブレーブスの試合を観に行ったという輝先生の思い出には吹きだしてしまいまた宝塚歌劇について語りだすと止まらなくなって、どんどん早口になる聖子さんにはなんて可愛い方なんだろうと、ますます好きになりました(^^)
司会の河内厚郎さんも、興味深いお話をして下さいました
谷崎潤一郎は引越し魔で、作品を書く毎に引越し、作品の内容によって住む家の様式も異なるというお話には読書欲をそそられました
2007/10/26 (金) 15:57:56 - 千津 - No.1193381876
講演会からもう1週間なんですね。
私も「わたしと阪急」思い出エッセイコンテスト
記念講演会参加しました。
あっこさんのおっしゃるようにわたくし、メモしました。参加されなかった方に少しでもお伝えしたいなあと思いまして・・・が、ほとんど意味不明です。すいません。
コーディネーターの河内厚郎氏のなんとか話題を阪急ネタにという必死さがおもしろかったです。
田辺先生が、かもかのおっちゃんを宝塚観劇に連れて行ったけどおっちゃんは遅れて来た男だから全然だめ、文化というのは小さい時からしこまなあかんというお話が印象に残りました。ロマンぐらい大切なものはないということを教えてくれたのは宝塚ともおっしゃってました。
夢は実って大きくなる人間って素敵だなあ、時代に合わせてみんなに喜んでもらえる小説を書いていきたいと。乙女でとてもチャーミングな方でした。
輝先生が25歳のとき、病にだんだん追い詰められてきた。これがあったから小説家になった。これからという時に結核になった。絶望の淵までいったことは大きな財産。と話された時、涙がでそうになりました。
田辺先生が歴史小説書かれたらどうなん?との問いに史実を書くにはまだ早いあと10年ぐらいかかると。ああ先生の歴史小説早く読みたいです。
2007/10/29 (月) 11:37:58 - 五月山 -
河内氏は谷崎潤一郎、三島由紀夫、川端康成氏についてのお話や、西宮の大谷美術館のとなりの小学校に村上春樹氏が通学していたこと阪急創設者の小林一三氏が小説を書いていらしたことも御紹介されました。
輝先生とお聖さんのお話のお時間に。『いもたこなんきん』のラストシーンを思い起こすようにお聖さんをお守りされるように秘書の方が寄り添ってお席まで。そして、輝先生がお仲間であり、ご近所さんであり、息子さんのように優しい距離でおでましになられました。
阪急さんの主催ということで沿線のお話にもなりましたが梅田にある百貨店に下校のおりによく立ち寄られて、輝先生が店員さんと顔見知りになられたと微笑まれ、阪急の梅田駅が昔は今の百貨店前にあったことなど阪急昔話も話題にのぼりました。
会社員時代に経験された新伊丹駅から梅田駅までの道のり。ホームで混雑するドア前でも御苦労がおありになったことを思い出され、「今でも押す人(駅員さん)がいるんですかね〜」と輝先生。梅田までの車内ですでにぐったりされて会社についてから1時間は休憩しないと仕事にならなかったとのお話もありました。
あるとき、子ども時代にどんな本を読んでいたのかと書架からだしていらしたら、結構いいものを読んでいたんだなぁと。
『本をつんだ小舟』でも取り上げておられましたが『異邦人』とか『あすなろ物語』など(他にも御紹介されました)古典と言われるものが多数あったことをあげられ、そのことが今ではとてもよかったという内容のことをお話くださいました。お二人が微笑みながら読書について語られ、輝先生が中学、高校時代に読む本がとても大事であることを教えてくださいました。
古典をよみなさい(^^)とはこの掲示板でも以前からいただいている輝先生のお言葉。年齢はそれなりでも心は青年。古典を手にとっていきたいとあらためて思いました。
震災を御経験されて、世の中に怒りが、(中略)この国に怒りを覚えましたと。震災を経験されて多くの書物を失われたなかで、今もお手元に残る思い出多き書物が輝先生の書架に今もある。そのことがまた不思議でした。今も新刊を手にできる、そのことにも感謝です。
東京にもどってから、せわしない毎日でレポートも書けずにただいま報告で終わってしまい申し訳ありませんでしたが、職場で、地域でこの講演のことを語るといろんな反応がたくさん返ってきました。職場の宝塚ファンの方にお聖さんが歌劇のお話になると饒舌にまた少女のようになられたことを話すと「そうでしょう(*^−^*)同じ舞台でも毎日違うのよ〜」
また、お聖さんと同窓の方は震災のあと、お聖さんが何かのお役にたちたいとあまりお好きでなかった講演にも精力的にチャレンジされるようになられたことを教えてくださいました。
輝先生も8年前、これが最後の講演会になるかもとおっしゃられたことがありましたが、今ではとっておきのとびっきりの素敵で優しい嘘だったことに感謝いたします。
輝先生、テルニストにいらしてくださってから、まだ開催されていない九州や関東でも優しい嘘を開催してください(*^−^*)
よろしくお願いいたしますm(_ _)m